(発表要旨)
松尾清美(東海大学研究生)
題目 ヴェルレーヌ的世界の「舞踏会」―髙瀨俊郎を補助線として
現在、芥川龍之介の「舞踏会」(大正9 年1 月『新潮』第32 巻第1 号)は、ピエール・ロティ著『秋の日本』(1889 年(明治22 年)カルマン・レヴィ社上梓)の髙瀨俊郎訳『日本印象記』(大正3 年11 月新潮文庫)を直接の典拠としているということが、典拠問題上ほぼ定説となっており、年代の近さ、表現上の一致がその根拠としてあげられているのであるが、髙瀨も芥川と同じく第一高等学校に在籍しており、一級上の明治44 年度の文芸部委員なのである(大正2年版『向陵誌』第一高等学校寄宿寮編)。
この事実をふまえ、髙瀨俊郎を単に『日本印象記』の翻訳者という見方だけではなく、芥川と同じ文学的環境にいた同時代人として捉え直したいと思う。髙瀨と芥川の関係性や、髙瀨訳を使用している意味について、「舞踏会」の世界観がどこからきているのかについて考察する。
第一高等学校の卒業名簿および向陵会会員名簿(東京大学駒場博物館所蔵)によって、髙瀨の高等学校卒業後の進路をたどり、「国立国会図書館サーチ」や「ヨミダス歴史館」などのデータベースを使いながら、作品年譜を作成した結果、「クラウヂオの幻影と一青年との対話」(明治44 年6 月『校友会雑誌』第206 号)という髙瀨の戯曲の中に、ヴェルレーヌの象徴詩的世界への共感という、「舞踏会」にも通ずる芥川との文学的共通性をみることができた。髙瀨俊郎を補助線として、「舞踏会」をヴェルレーヌの象徴詩的世界で読み解きたい。
車花子(専修大学大学院生)
題目 芥川龍之介「奇怪な再会」論―ヒロインに託した作家の思い
芥川の「奇怪な再会」は「南京の基督」とともに中国訪問を念頭に描いた中国現代ものである。
ヒロインのお蓮(本名孟蕙蓮)は、ある日、威海衛時代――娼婦時代――に愛し合った中国人の男性が、すでに今の旦那(陸軍一等主計)に暗闇に殺されたことを知りそのやるせない鬱憤から遂に「発狂」してしまう。
本作は「南京の基督」では忌避して描かなかった女性の「発狂」を敢えてテーマにした小説である。舞台は芥川が生まれ育った当時の本所区の両国になっており、雇い婆さんは芥川家の女中の面影がある人物に設定されている。また冒頭の「明治二十八年」という時代背景は日清戦争が日本の勝利に終わった翌年に当たるが、龍之介個人にとっては生まれて七か月後に実母が突然発狂してしまったため、母の実家に引き取られて三年位しか経っていない時期でもある。
本作は、従来「怪奇趣味」の作品と読まれてきたが、筆者はそれだけではなく芥川が実母の発狂を念頭に純粋で無垢な女性が徐々に「発狂」してしまう過程を幻想的に描いた作品だと読解する。芥川は、本作で語りの多重構造を通して自分の家族の物語を第三者の出来事のように仮装的に表現したのではないか。したがって「奇怪な再会」は、芥川の訪中前までの歴史小説の創作から方向転換を狙った新たな文学創作活動の一契機ともいえ、そこには芥川の自伝的な要素も込めようと一歩を踏み出した作品と読み直すことができると言える。本発表は、こうした考察を通して芥川文学における中国現代ものの意義を改めて再評価しようとするものである。
BEAUVIEUX Marie-Noëlle(広島大学)
題目 芥川と狂気のエクリチュール―「歯車」に於ける間テキスト性
芥川の「歯車」はよく、作家本人の精神状態から論じられてきましたが、新しい研究で、医学研究であっても、文学研究であっても、それは再評価されている。西山康一の「芥川龍之介と森田正馬」(注1)の論文で、当時の医学と「歯車」の関係まで論じられているようになった。しかし、まだ「歯車」に於ける<狂気の文学>の位置が明確されていないと思われる。
例えば、「歯車」の真ん中に、語り手は「イヴァンを、ストリントベルグを、モオパスサンを、或はこの部屋にゐる僕自身」が「悪魔に苦しめられる」(注2)と述べて肩を並べるわけであるが、西洋の狂気文学との関係がこの言及に限らない。例えば、モーパッサンの『オルラ』(注3)からいくつかのモティフが利用されて書き直されていることが見られるが、そのまま書き写されているのではなく、少し「ズレ」を入れられながら使われることが目立つ。
本発表では、モーパッサンの『オルラ』をはじめ、歯車に於ける「狂気」との関係ある文学作品の利用を検討して、フランス文学者のジェラール・ジュネットが定義をつけた間テキスト性という概念を通して、芥川はどうやって他文学を利用しながら狂気のエクリチュールを作るかと検討したいと思う。
注1 西山康一,「芥川賞龍之介と森田正馬―『歯車』と『神経質及神経衰弱の療法』を中心に」,『日本近代文学』第92集,
p. 123-130.
注2 芥川龍之介,「歯車」,『芥川龍之介全集』, 第15 巻, 岩波書店,1997 年, p. 77.
注3 Guy de Maupassant, « Le Horla », Contes et nouvelles, tome II, Paris, Bibliothèque de la Pléiade, Gallimard,
1979, p. 913-938. ギイ・ド・モーパッサン「オルラ」『集英社ギャラリー・世界の文学7 (フランスII)』,東京,集英社
1990 年,p. 1049-1072.